ねこみなと鉄道前史

第三章 ねこ市中学校の先生

「なるほど、お気持ちはよくわかります」

 ゼンジロウが最初に汽車の話を持っていったのは、ねこみなとの町の魚問屋の主人でした。

「わたしとしても、取れた魚をその日のうちにねこ市で売れるようになるというのは利益になります。ですがゼンジロウさん」

 魚問屋の主人は、そう言ってきせるを口から離し、ふうと大きく息を吐きました。

「まずはお金です。浜でとれる魚を売った代金程度では、汽車を引いてくるのはとてもとても」

 それ以外のところでもほとんどこの調子でした。大半のねこは「汽車が来ると便利だろう」とゼンジロウの思いつきをほめるのですが、その次には「助けてあげたいのはやまやまだがお金がありません」と言うのです。

 ゼンジロウはだんだん焦ってきました。

 そうした方が絶対にいい、というのがわかっているのに、何もできない自分の無力さに腹が立ってもきました。

 結局、ゼンジロウがねこみなとでできたのは「ねこみなとの住民は、汽車を引いてくることそのことについては異存がない」ということを確認するだけでしかありませんでした。

 お金は、一銭も集まらなかったのです。

 ゼンジロウは「賛成だと言ってくれても実際にお金を出してくれなければ汽車はこないじゃないか!」と叫びたくなりました。

 ですが次の瞬間はたと思い直します。自分にねこみなとのねこたちを叱る資格があるのか、と。お金を出さないという点では、ゼンジロウも他のねこたちと同じだったからです。

 ゼンジロウは今度はねこた村に言っていろんな人に会うことにしました。

 こちらでも、みんなゼンジロウの話に耳を傾けてくれました。

 ですが最後の返事は、ねこみなとの場合と同じだったのです。

 ここへきてゼンジロウには、おぼろげながらなにごとかがわかってきました。

「皆、怖いのだろう」

 ゼンジロウに話を聞いたねこたちはみんな、それまでねこみなとを汽車が走るという光景を想像することすらできませんでした。話を聞いた後ですらよくわかっていなかったでしょう。ねこたちは皆、ゼンジロウというねこを大したやつだと思っており、そのゼンジロウが言い出す話だから悪いことではあるまい、と思っただけに過ぎなかったのです。

 ゼンジロウは考えました。汽車が走っている光景を実際に想像できないのなら、わかるまで細かく説明してやればいいのではないだろうか。最初はこんなふうに思いました。

 ですがやがてそれは無理だろうと考えを改めるようになったのです。皆、その目で見たものしか理解することはできません。今はそこにないものを「あったらこうだろう」と想像することができるのは、本当に限られたごく一部のねこにしかできないことなのです。

 ゼンジロウは、ねこた村とねこみなとのねこたちを説得するのを、すっぱりと諦めました。

そして、ねこ市に向かったのです。

 ねこ市に住んでいるねこたちの方が、ねこた村やねこみなとのねこたちより優れて賢かった、と思っていたためではありません。

 実はねこ市にはすでに、町中に電車が引かれていたのです。

 電車が引かれている町に住んでいるねこたちなら、ねこた村とねこみなとに汽車を引く、というゼンジロウの企てがどんなものなのか、きちんと理解してくれるでしょう。何しろ電車の実物をその目で見ているのですから。

 それと同時にゼンジロウは、ねこた村とねこみなとの間を、汽車ではなく電車で結んでみようか、とも考え始めました。

「それは悪くない考えです。ねこみなとの魚はわざわざ汽車で運ばなければならないほど重いものではありませんからね」

 そうゼンジロウに言ったのは、ねこ市の中学校の先生でした。

「ただ、電車を引くには発電所というものが必要ですよ。ねこみなとの近くには、発電所を作る場所も発電所で使う燃料もありませんね」

 話をさらに聞くと、発電所を作るには、流れの速い川か、たくさんの石炭を燃やすことのできる広い土地が必要なのだということでした。

「どちらもねこみなとにはありません。つまり電車を引くことは無理だということでしょうか」

「ええ」

 ゼンジロウはがっくりと肩を落としました。

「電車はむつかしいですが、電車によく似たものなら引けるかも知れません」

 中学校の先生はゼンジロウに、ガソリンカーというのものを教えてくれました。

 ガソリンカーというのは、一両だけの客車に、ガソリンで動く発動機を組み合わせたものです。客車の前と後ろに運転台があり、電車のように動かすことができました。しかも、電車のように発電所を作ったり電線を引いたりしなくても、動いてくれます。

「始発と終点の駅に転車台を置かなくてもよくなりますから、汽車を引くよりもだいぶ安く済みますよ」

 ゼンジロウは希望を持ちました。このガソリンカーを使って建設資金をぐっと安くすれば、お金を出してくれる人も増えるのではないか、と思ったためです。

 しかしこれまでのねこた村とねこみなとでの交渉で、ゼンジロウはずいぶん用心深くもなっていました。ただ安くしただけでは、ねこたちは話に乗ってこないだろう、とも思っていたのです。

「先生、このガソリンカーというのが実際に走っているところを知りませんか?」

 ゼンジロウは先生にその場所を聞いて、自分で行って見ることにしました。そこでいろいろなねこに話を聞き、ガソリンカーがどういうものかをしっかり知って、それを元に話をして、ようやくねこたちは話を理解してくれるようになるだろう、と。

「本当は写真機や活動写真機が欲しいところだけれど、仕方がないな」

 ゼンジロウは自分の小屋に戻ると、そう言いながら荷物をまとめました。そしてねこみなとの役場の前にある文房具屋でスケッチブックとクレヨンを買い、それを小脇に挟んでねこた村の停車場へと向かったのです。

 ねこみなとは春でした。でも、もう桜の花は散っています。